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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)233号 判決 1995年6月14日

静岡県浜松市中沢町10番1号

原告

ヤマハ株式会社

代表者代表取締役

上島清介

訴訟代理人弁理士

矢島保夫

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

山本穂積

岡部恵行

奥村寿一

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第8719号事件について、平成4年9月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年9月22日、名称を「効果付加装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭56-148768号)をしたが、昭和63年4月13日に拒絶査定を受けたので、同年5月12日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和63年審判第8719号事件として審理したうえ、平成元年4月12日に出願公告(特公平1-19593号)したが、特許異議の申立てがあり、さらに審理した結果、平成4年9月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月9日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおり。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭55-73099号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、特開昭52-76024号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)、特公昭55-51194号公報(以下「引用例3」といい、その発明を「引用例発明3」という。)及び特開昭55-147695号公報(以下「引用例4」といい、その発明を「引用例発明4」という。)の記載に基づいて当業者が容易に発明できたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1~4の記載事項、本願発明と引用例発明1との一致点、相違点の認定はいずれも認めるが、相違点の判断は争う。

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点を判断するに当たり、複数のデータ処理を行うための制御プログラムに関する技術常識の解釈、適用を誤った結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本願発明の技術内容について

従来、電子楽器等から発生される楽音信号に対して、ビブラート、コーラスなどの変調効果と残響効果等の効果とを付加する効果付加装置においては、同一の楽音信号に対して複数の効果を付加する場合、各効果に対応して独立した効果付加回路を設けていたため、規模が大きくなるという欠点があった。

本願発明は、1つの効果付与手段で、複数の制御プログラムを用いて、選択された複数の効果を同時に付加する処理を行い、複数の効果を小規模構成で付加しうる効果付加装置を提供するものであって、従来例のように、複数の効果の付加に対応して独立した効果付与手段を設けたものではない。

本願発明は、残響効果を付加するときは、そのための制御プログラムに従って効果音形成手段が残響効果を付加し、さらに、残響効果が付加された楽音信号に変調効果を付加するときは、そのための別の制御プログラムに従って効果音形成手段が変調効果を付加するものである。すなわち、楽音信号に複数の効果を付加するに当たっては、1つの回路を2つの制御プログラムで順次作動させ、複数の効果を時分割処理で付加するものである。

2  引用例との相違点について

本願発明は、従来技術として明細書に記載したように、同一の楽音信号に対して複数の効果を付加することが公知であることを前提としている。そして、複数の効果、例えば残響効果と変調効果を楽音に付加することも公知であり、また、引用例1の残響付加装置において、残響効果と共に変調効果を楽音に付加してみようとすることは、当業者が容易に着想しうるものであることは、審決認定のとおりである。

しかし、以下に述べるとおり、この着想からは、引用例1~4を考慮しても本願発明の構成は得られない。

(1)  引用例1には、審決認定のとおり、「オーデイオ信号がデジタル変換された入力データに対して残響音データが付加された出力データを出力することを特徴とする残響付加装置」が記載されているが、引用例1は、選択された1つの制御プログラムに対応して1つの残響効果を付加する構成をとっているものである。

(2)  引用例2には、審決認定のとおり、「入力信号Uをオールパス型残響装置Wに通して得た信号を振幅変調回路3によって変調した後に取り出し、残響効果と変調効果を楽音信号に付加する残響装置」が記載されているが、引用例2の残響装置は、残響装置Wと振幅変調回路3とを別々に設けたものにすぎず、本願発明のような、1つの効果付与回路で複数の効果を付加する構成は開示されていない。

(3)  引用例3には、審決認定のとおり、「楽音信号にデジタル的に残響付加する残響装置において、時間的に変化する定数コード(本願発明の演算係数に相当する)を用いれば変動効果(本願発明の変調効果に相当する)を得るようにもできること」が記載されているが、この記載は、あくまで残響装置(残響回路)が楽音に残響効果を付与する処理を行う際に、その残響のための制御パラメータを適宜変更すれば、残響効果にゆらぎ(時間的変化)が与えられて結果的に変動効果を得られる、ということを示しているにすぎない。

これに対して、本願発明は、1つの効果付加手段で、複数の制御プログラムを用いて、選択された複数の効果を同時に付加するものであり、効果ごとに制御プログラムを備えているから、引用例3のように、制御パラメータを適宜変更して残響効果にゆらぎを与えることにより付加した変動効果と、残響処理とは別に適正に変調効果を付加する処理を行う本願発明の変調効果とでは、楽音に付加する効果として、大きな差がある。

(4)  引用例4には、審決認定のとおり、「楽音信号を複数系統に分配して楽音として放音する音響装置において、各系統では分配された楽音信号を遅延回路3bと電圧制御周波数変調器3dに通し、楽音信号を遅延したことによる効果と変調効果を楽音に付加する音響装置」が記載されているが、引用例4の音響装置は、複数の信号変調器(それぞれが1つの効果付与回路に相当する。)3を並列接続したものにすぎず、本願発明のような、1つの効果付与回路で複数の効果を付加する構成は開示されていない。

(5)  以上のように、引用例1~4は、付加すべき効果に対応して独立した効果付与回路を設ける技術及び制御パラメータを変動させて残響効果と変動効果を付加する技術を開示しているにすぎず、引用例1の残響付加装置に引用例2~4に示されている技術を適用したとしても、各効果に対応した複数の効果付与回路が設けられるだけであり、それは、本願発明が前提とする従来技術にすぎないから、本願発明の構成には至らないものである。

3  相違点の判断の誤り

審決は、「制御プログラムに基づいて異なる種類のデータ処理が可能なデータ処理手段を用いて、データに複数の種類のデータ処理を行う場合に、複数の種類のデータ処理を行うための制御プログラムに基づいてデータ処理手段が複数の種類のデータ処理を行うようにすることが技術常識である」(審決書12頁17~22行)と認定しており、このような技術常識が計算機ソフトの一般的な技術常識であることは認める。

しかし、これは、一般的なコンピュータにおける技術常識であって、このような技術常識を本願発明のような電子楽器などに用いる効果付加装置に適用することは、例えば、処理時間の制限が厳しい、あるいは上記一般的な技術常識と本願発明のデータ処理とは処理の性質が異なる(例えばパラメータとプログラムを区別して取り扱っている)ことから、その実現が困難である。

被告は、昭和40年8月10日初版2刷発行「電子計算機のプログラミング」(乙第1号証)を引用して、制御プログラムに基づいて異なる種類のデータ処理が可能なデータ処理手段を用いて、データに複数の種類のデータ処理を行う場合に、複数の種類のデータ処理を行うための制御プログラムに基づいてデータ処理手段が複数の種類のデータ処理を行うことは技術常識であると主張し、また、昭和54年5月25日第1版第1刷発行「続ミュージックシンセサイザー入門」(乙第2号証)を引用して、楽音合成する電子楽器などに用いられる効果付加装置の技術にコンピュータのソフトウエア技術の技術常識である上記乙第1号証の文献に開示された技術を適用することに格別の困難性はないと主張するが、引用例1~4には「1つの効果付加手段で複数の制御プログラムを用いて選択された複数の効果を同時に付加すること」は開示されていないから、引用例発明1~4に上記各文献に開示された技術を組み合わせる余地はない。

したがって、審決がいうように、「効果選択手段を同時に複数の効果の選択が可能なものとするとともに、制御プログラムメモリに複数の効果を楽音に付加するための制御プログラムを記憶させ、メモリ制御信号や演算制御信号を複数の効果を楽音に付加するように制御し得る信号とすることは、残響効果とともに変調効果を楽音に付加する際に、当業者が設計上適宜になし得た事項」(同13頁1~8行)であるとはいえない。

以上のとおり、審決は、本願発明と引用例発明1との相違点の判断を誤ったものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  引用例1~4には、原告が本願発明の特徴であると主張する「1つの効果付与手段で、複数の制御プログラムを用いて、選択された複数の効果を同時に付加すること」が開示されていないことは認める。

しかし、1つのデータ処理手段で複数の異なるデータ処理を行うことは技術常識であり、また、この技術常識によれば、昭和40年8月10日初版2刷発行「電子計算機のプログラミング」(乙第1号証)に示されているように、1つのデータ処理手段で複数の異なるデータ処理を行うとき、そのための制御プログラムが各々の異なるデータ処理のための制御プログラムをつないだ形の制御プログラムとなるから、制御プログラムに基づいて異なる種類の効果を楽音に付加する各々の処理が可能な効果付加装置を用いて、同一の楽音に複数の異なる効果を付加するのに、複数の効果付加装置を用いずに、1つの効果付加装置で楽音信号に複数の異なる効果に対応した複数の異なる処理をすること、また、そのための制御プログラムとして各々の効果を付加するための複数の制御プログラムをつないで用いることは、当業者が適宜なしえた選択事項にすぎない。

2  引用例3には、「第1図、第2図における定数メモリー7と14は、時間的に一定な定数コードを出力してもよいし、リードオンリーメモリー(ROM)などを用いて時間的に変化する定数コードを出して、変動効果を得るようにもできる」(甲第5号証2頁4欄14~18行)と記載されている。

これは、<1>引用例3の図面第1図、第2図に示されたディジタル的残響装置において、定数メモリー7と14からの定数コード(本願発明の演算係数に相当する)を、時間的に一定として楽音信号に単に残響効果を付加する処理を行うことができるが、同定数コードを時間的に変化させれば楽音信号に更に変動効果(本願発明の変調効果に相当する)を付加する処理を行うようにしてもよいということを示しているだけではなく、<2>前記各図において、定数メモリー7や14から時間的に変化する定数コードを出力する場合のディジタル掛算器6や11の入出力信号関係に注目すると、時間的に変化する定数コードによって、同掛算器に入力される楽音信号に変動効果をディジタル的に付加していることを示している。

そして、異なる残響効果の中から1つの残響効果を選択して楽音に付加すべく、ROMに記憶されている異なる制御プログラムの中から1つの制御プログラムを選択し、選択されたプログラムに基づいて発生される演算係数を用いて楽音信号にデジタル的に残響効果を付加する引用例1の装置に、引用例3に示されている上記<1>の技術を適用すると、ROMに記憶される異なる制御プログラムとして、演算係数が時間的に変化するように制御して楽音信号にデジタル的に更に変調効果を付加する処理を行うためのものを採用してよいこととなり、そのように採用すると、単に残響効果を付加するためのプログラムの他に、演算係数が時間的に変化するように制御して変調効果を付加するための制御プログラムをROM(本願発明の制御プログラムメモリに相当する)に記憶し、残響効果を楽音信号に付加する処理と変調効果を楽音信号に付加する処理が可能な効果付加装置となり、本願発明に至るものである。

よって、審決の認定判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願発明と引用例発明1とを対比すると、審決認定のとおり、「前者は、効果選択手段が同時に複数の効果の選択が可能なものであり、それに伴ない、制御プログラムメモリに複数の効果を楽音に付加するための制御プログラムが記憶されており、メモリ制御信号や演算制御信号は複数の効果を楽音に付加するように制御し得る信号であるのに対して、後者は、そのような構成を備えていない点」(審決書(11頁20行~12頁4行)で相違するが、その余の点で一致するものであることは、当事者間に争いがなく、この相違点に係る構成により、本願発明は、原告主張のとおり、1つの回路を2つの制御プログラムで順次作動させ、複数の効果を時分割処理で付加するものであると認められる。

このような1つの回路を2つの制御プログラムで順次作動させ、複数の効果を時分割処理で付加する技術は、審決が「制御プログラムに基づいて異なる種類のデータ処理が可能なデータ処理手段を用いて、データに複数の種類のデータ処理を行う場合に、複数の種類のデータ処理を行うための制御プログラムに基づいてデータ処理手段が複数の種類のデータ処理を行うようにすることが技術常識である」(審決書12頁17~22行)と認定するとおり、本願出願前、コンピュータソフトウェアの一般的な技術常識であることは、当事者間に争いがない。

そして、昭和54年5月25日第1版第1刷発行「続ミュージックシンセサイザー入門」(乙第2号証)の「3・3 ディジタル計算機を用いた音楽合成プログラム」の項に、「ディジタル式波形合成法では合成しようとする楽器音波形をどんな方法であろうと数値計算しさえすれば、あとはD/A変換器からの数値列を吐き出すことにより、所望の波形が得られることがわかりました」(同58頁11~13行)、「プログラム言語を用いて楽音合成する」(同59頁下から7行)と記載されていることから明らかなように、コンピュータソフトウェアの一般的な技術を楽音合成に利用することは、本願出願前、周知の事実であったと認められる。

さらに、「引用例1に記載された効果付加装置において、残響効果とともに変調効果を楽音に付加してみようとすることは、当業者が容易に着想し得ることである」(審決書12頁9~12行)ことも、当事者間に争いがない。

そうすると、引用例1に記載された効果付加装置において、残響効果と共に変調効果を楽音に付加するなど複数の効果を付加しようとするに際して、上記コンピュータソフトウェアの技術常識及び周知事項に基づき、複数の効果を時分割処理で付加する技術手段を適用し、効果選択手段を同時に複数の効果の選択が可能なものとするとともに、複数の制御プログラムに基づいてデータ処理手段に複数の種類のデータ処理を行わせるために、制御プログラムメモリに複数の効果を楽音に付加するための制御プログラムを記憶させ、メモリ制御信号や演算制御信号を複数の効果を付加するように制御しうる信号として、本願発明の構成に至ることは、当業者が容易に推考できることといわなければならない。

2  原告は、上記コンピュータソフトウェアの一般的技術常識を本願発明のような電子楽器などに用いる効果付加装置に適用することは、時間的制約に係る困難性や上記技術常識でいう「データ処理」と本願発明の「効果付与処理」とは性質が異なることを理由に、困難であると主張し、前掲「続ミュージックシンセサイザー入門」(乙第2号証)には、「楽器音波形が複雑になればなるほど、これを忠実に合成するには a)サンプリング周波数を高くしなければならない。b)波形演算のための計算式が複雑になるという問題があり、これが実時間では音合成できない理由になっています。」(同58頁14~17行)との記載があることが認められる。

しかし、上記時間的制約の点は、装置の演算速度及び処理すべきデータ量の設定などにより解決可能な当業者にとって設計事項というべき問題であり、本願発明もこれが解決可能な事項であることを当然の前提としていることは、本願明細書の全体の記載から明らかである。したがって、上記文献の記載は、前示判断を覆すに足りるものとは認められない。

また、上記性質が異なることに関しては、本願発明の効果付与処理も、本願発明の要旨の記載に照らすと、加減乗除あるいは遅延などの単なる複数の演算を組み合わせたものであり、一般の技術常識でいうデータ処理と処理の性質が異なるといえるような差異が存在するとは認められないし、その他、上記性質の相違が上記技術常識を効果付加装置に適用することを妨げる原因となるべき根拠を示す資料は、本件証拠上見いだせない。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

昭和63年審判第8719号

審決

静岡県浜松市中沢町10番1号

請求人 ヤマハ株式会社

東京都千代田区永田町2-4-2 秀和溜池ビル8階

代理人弁理士 山川政樹

東京都千代田区永田町2-4-2 秀和溜池ビル8階 山川特許事務所

代理人弁理士 黒川弘朗

昭和56年 特許願 第148768号「効果付加装置」拒絶査定に対する審判事件(平成 1年 4月12日出願公告、特公平1- 19593)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ. 手続きの経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和56年9月22日の出願であって、その発明の要旨は、前置審査において出願公告された後の平成2年8月17日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「楽音に付加するビブラート、アンサンブル等の効果を選択設定するものであって、同時に複数の効果の選択が可能な効果選択手段と、該効果選択手段において選択可能な効果のそれぞれに対応した効果を楽音に付加するための制御プログラムを複数記憶しており、上記効果選択手段で選択された効果に対応する制御プログラムを出力する制御プログラムメモリと、演算手段及び複数のアドレスを有するデータメモリを含む効果音形成手段と、上記効果選択手段において選択された効果に対応する、遅延時間に関するパラメータおよび演算係数に関するパラメータを上記制御プログラムメモリの出力に従って発生するパラメータ発生手段と、上記制御プログラムメモリの出力および上記遅延時間に関するパラメータに基づき上記データメモリに対する書き込み、読み出し、アドレス指定のためのメモリ制御信号を出力するとともに、上記制御プログラムメモリの出力に基づき上記演算手段に対する演算制御信号を出力する制御手段とから構成され、上記効果音形成手段では、上記演算制御信号に従って上記演算手段において上記データメモリから読み出された信号と、上記演算係数と、ディジタル楽音信号とで所定の演算を行うことにより上記ディジタル楽音信号に対して上記効果選択手段において選択された効果を付加して出力することを特徴とする効果付加装置」

にあり、そこにおける「効果」は残響効果および変調効果を含むものと認める。

なお、上記手続補正書による補正は、特許請求の範囲の記載において、語句「に関するパラメータ」の誤った記載位置を訂正しようとするものであり、誤記の訂正を目的としており、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないと認められるので、この補正を採用し、本願発明の要旨を上記のように認定した。

Ⅱ. 引用例

これに対し、異議申立人株式会社河合楽器製作所が甲第1号証として提示した特開昭55-73099号公報(以下、引用例1という)には、

異なるプログラムが記憶されているROM(リードオンリーメモリー)8a、8b、8cと、ROM8a、8b、8cのうちからプログラムを選択しプログラムメモリー6に送出して書込ませるプログラム選択回路9と、演算回路5及びデータメモリー4とを具備し、演算回路5は、データメモリー4により遅延されたデータとオーデイオ信号がデジタル変換された入力データとを演算することにより、オーデイオ信号がデジタル変換された入力データに対して残響音データが付加された出力データを出力することを特徴とする残響付加装置

が記載されており、さらに、次の旨の説明も記載されている。

<1> プログラムメモリー6に書込まれたプログラムに基づいてデータの遅延及び演算が実行される。(第2頁右上欄第17行~同欄第20行参照)

<2> 演算回路5による演算は、第2図に示されたTなる時間の遅延回路1と、k(但し、0<k<1)なる係数を入力データ(第2図を参照すると、この場合の「入力データ」は、掛算器2に入力されるデータを意味すると認められる)に掛ける掛算器2と、加算器3とからなるデジタル的に残響を付加するための基本構成における、加算器3および掛算器2に相当する演算を行なうものであって、演算結果を再びデータメモリー4に書込んで遅延することもある。(第1頁右下欄第20行~第2頁左上欄第4行、同頁右上欄第11行~同欄第16行参照)

<3> 第2図に示されたデジタル的に残響を付加するための基本構成を複数個組み合わせて、この基本構成の各々の遅延時間T、係数kの値を選ぶことで残響音データを形成するようになされる。(第2頁左上欄第13行~同欄第16行参照)

<4> データメモリー4は、入力データ(第4図を参照すると、この場合の「入力データ」はデータメモリー4に入力されるデータを意味すると認められる)の書込みアドレス及びその読出しアドレスを制御することにより任意のビット時間だけ上記入力データを遅延することができる。(第2頁右上欄第7行~同欄第11行参照)

<5> ROM8a、8b、8cに記憶されている互いに異なるプログラムによって異なる残響感(単なるエコー音か残響音かの区別等)を生じさせる残響音データを形成できる。(第2頁左下欄第3行~同欄第9行参照)

次に、上記記載内容について検討する。

記載<1>から、データメモリー4によるデータの遅延及び演算回路5の演算の実行は、プログラムメモリー6に書込まれたプログラムに基づいて制御されるものであり、プログラムメモリー6に書込まれるプログラムすなわちROM8a、8b、8cに記憶されているプログラムは、データメモリー4によるデータの遅延及び演算回路5の演算の実行を制御するための制御プログラムであると認められ、また、プログラムメモリー6に書込まれたプログラムに基づいてデータメモリー4によるデータの遅延及び演算回路5の演算の実行を制御する手段を、上記の残響付加装置は具備すると認められる。

記載<2>から、演算回路5とデータメモリー4は残響音形成手段をなすと認められ、また、演算回路5による演算は、第2図に示された基本構成における、k(但し、0<k<1)なる係数を入力されるデータに掛ける掛算器2に相当する演算も行うものであるから、演算係数も用いて演算を行うものと認められる。

上記の残響付加装置が、記載<3>の構成の機能を奏するように、データメモリー4によるデータの遅延及び演算回路5の演算の実行が制御されることは自明であるから、付加しようとする残響音データに対応して、プログラムメモリー6に書込まれたプログラムに基づいてデータメモリー4によるデータの遅延時間及び演算回路5による演算に用いられる演算係数が設定されるものであり、プログラムメモリー6に書込まれたプログラムに基づいてデータメモリー4によるデータの遅延時間及び演算回路5による演算に用いられる演算係数を設定するための情報を発生する手段を上記の残響付加装置は具備すると認められ、プログラムメモリー6に書込まれたプログラムに基づいてデータメモリー4によるデータの遅延の実行が制御される際には、上記の遅延時間を設定するための情報も用いられると認められる。

記載<4>から、データメモリー4の遅延時間の制御は、データメモリー4に入力されたデータの書込みアドレス及びその読出しアドレスを制御することにより行われると認められ、さらに、データメモリー4によるデータの遅延の実行には、データメモリー4に入力されたデータの書込み及びその読出しの制御も行なわれると認められる。

記載<5>から、ROM8a、8b、8cに記憶されている互いに異なるプログラムは、オーデイオ信号がデジタル変換された入力データに対して、異なる残響効果(「異なる残響感」は「異なる残響効果」と言い換えることができる)を生じさせる残響音データを付加するためのプログラムであると認められる。

以上を総合すると、引用例1には、次の残響付加装置が記載されていると認められる。

オーデイオ信号がデジタル変換された入力データに対して、異なる残響効果を生じさせる残響音データを付加するための異なる制御プログラムが記憶されているROM(リードオンリーメモリー)8a、8b、8cと、ROM8a、8b、8cのうちから所望の残響音データを付加するための制御プログラムを選択しプログラムメモリー6に送出して書込ませるプログラム選択回路9と、演算回路5及びデータメモリー4を含む残響音形成手段と、付加しようとする残響音データに対応して、プログラムメモリー6に書込まれた制御プログラムに基づいてデータメモリー4によるデータの遅延時間及び演算回路5による演算に用いられる演算係数を設定するための情報を発生する手段と、プログラムメモリー6に書込まれた制御プログラムおよびデータメモリー4によるデータの遅延時間を設定するための情報に基づきデータメモリー4に入力されたデータの書込み、読出し、書込みアドレス及び読出しアドレスを制御することにより、データメモリー4によるデータの遅延の実行を制御するとともに、プログラムメモリー6に書込まれた制御プログラムに基づいて演算回路5の演算の実行を制御する手段とを具備し、上記残響音形成手段に含まれる演算回路5は、データメモリー4により遅延されたデータと、上記演算係数と、オーデイオ信号がデジタル変換された入力データとを演算することにより、オーデイオ信号がデジタル変換された入力データに対して残響音データが付加された出力データを出力することを特徴とする残響付加装置。

異議申立人株式会社河合楽器製作所が甲第2号証として提示した特開昭52-76024号公報(以下、引用例2という)には、入力信号Uをオールパス型残響装置Wに通して得た信号を振幅変調回路3によって変調した後に取り出し、残響効果と変調効果を楽音信号に付加する残響装置が記載されている。(第3頁右上欄第5行~同欄第15行、第3図参照)

異議申立人株式会社河合楽器製作所が甲第3号証として提示した特公昭55-51194号公報(以下、引用例3という)には、楽音信号にデジタル的に残響付加する残響装置において、時間的に変化する定数コード(本願発明の演算係数に相当する)を用いれば変動効果(本願発明の変調効果に相当する)を得るようにもできることが記載されている。(第4欄第14行~同欄第18行参照)

異議申立人株式会社河合楽器製作所が甲第4号証として提示した特開昭55-147695号公報(以下、引用例4という)には、楽音信号を複数系統に分配して楽音として放音する音響装置において、各系統では分配された楽音信号を遅延回路3bと電圧制御周波数変調器3dに通し、楽音信号を遅延したことによる効果と変調効果を楽音に付加する音響装置が記載されている。

Ⅲ. 対比

そこで、本願発明(以下、前者という)と引用例1に記載された残響付加装置(以下、後者という)とを対比すると、両者は、

楽音に付加する効果を選択設定する効果選択手段(後者のプログラム選択回路9)と、該効果選択手段において選択可能な効果のそれぞれに対応した効果を楽音に付加するための制御プログラムを複数記憶しており、上記効果選択手段で選択された効果に対応する制御プログラムを出力する制御プログラムメモリ(後者のROM8a、8b、8c)と、演算手段(後者の演算回路5)および複数のアドレスを有するデータメモリ(後者のデータメモリー4)を含む効果音形成手段(後者の残響音形成手段)と、上記効果選択手段において選択された効果に対応する、遅延時間に関するパラメータ(後者のデータメモリー4によるデータの遅延時間を設定するための情報)および演算係数に関するパラメータ(後者の演算回路5による演算に用いられる演算係数を設定するための情報)を上記制御プログラムメモリの出力に従って発生するパラメータ発生手段(後者の情報を発生する手段)と、上記制御プログラムメモリの出力および上記遅延時間に関するパラメータに基づき上記データメモリに対する書き込み、読み出し、アドレス指定のためのメモリ制御信号を出力するとともに、上記制御プログラムメモリの出力に基づき上記演算手段に対する演算制御信号を出力する制御手段(後者の実行を制御する手段)とから構成され、上記効果音形成手段では、上記演算制御信号に従って上記演算手段において上記データメモリから読み出された信号と、上記演算係数と、ディジタル楽音信号(後者のオーデイオ信号がデジタル変換された入力データ)とで所定の演算を行うことにより上記ディジタル楽音信号に対して上記効果選択手段において選択された効果を付加して出力することを特徴とする効果付加装置

である点で一致し、次の点で相違している。

前者は、効果選択手段が同時に複数の効果の選択が可能なものであり、それに伴ない、制御プログラムメモリに複数の効果を楽音に付加するための制御プログラムが記憶されており、メモリ制御信号や演算制御信号は複数の効果を楽音に付加するように制御し得る信号であるのに対して、後者は、そのような構成を備えていない点。

Ⅳ. 当審の判断

そこで、上記相違点について検討する。

複数の効果、例えば残響効果と変調効果を楽音に付加することが、引用例2、引用例4にも示されているように周知であるから、引用例1に記載された効果付加装置において、残響効果とともに変調効果を楽音に付加してみようとすることは、当業者が容易に着想し得ることである。そして、楽音信号にデジタル的に残響効果を付加する機能を有するものにおいて、演算係数として時間的に変化する演算係数を用いれば変調効果を得るようにもできることが引用例3に記載されており、また、制御プログラムに基づいて異なる種類のデータ処理が可能なデータ処理手段を用いて、データに複数の種類のデータ処理を行う場合に、複数の種類のデータ処理を行うための制御プログラムに基づいてデータ処理手段が複数の種類のデータ処理を行うようにすることが技術常識であるから、効果選択手段を同時に複数の効果の選択が可能なものとするとともに、制御プログラムメモリに複数の効果を楽音に付加するための制御プログラムを記憶させ、メモリ制御信号や演算制御信号を複数の効果を楽音に付加するように制御し得る信号とすることは、残響効果とともに変調効果を楽音に付加する際に、当業者が設計上適宜になし得た事項にすぎない。

Ⅴ. まとめ

したがって、本願発明は、引用例1ないし引用例4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年9月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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